その昔、理系の大学生たちの青春を描いたコミックとして「動物のお医者さん」があった。北海道大学の獣医学部に通う大学生たちの物語だ。実は、この主人公たちのモデルのひとり(自称)に、麻布十番にあった高木ブーのウクレレ・バーで偶然にも会ったことがある。もう20年近く前の話だ。
今、密かにブームになりつつあるのが、『数字であそぼ。』というコミックである。小学館の少女漫画誌『flowers』に連載している。名門、吉田大学の理学部に合格したはいいが、丸暗記型の主人公。理系でありながら数学も問題のパターンを丸暗記して、当てはめることで合格を勝ち取った人物。いざ大学に入ってみると、数学とは理解しなければいけないことに気づき挫折。2年間、意欲なくプー太郎生活を経て、「やらねば」と思い立ち、数学を学んでいく、挑んでいくというコミックだ。
いかにも吉田大学にいそうな変人がいっぱい、いかにも数学教室に潜んでいそうな、周りと交わることがない奇人も登場。人物像の面白さ、多様さには事欠かない。私も、吉田大学ではないが数学教室に学んだ身。かつてを思い出し、「アルアル」を繰り返してしまう。ただし、私のゼミの同級生は、その後、吉田大学の解析研究所で教授を務めていたが、彼をモデルにしているような人物はまだ登場していない。N教授が数学者の割には良識人だったということだろうか。
こうした漫画的な手法に加えて、秀逸なのが一般人に分かりやすく数学の特徴を伝えようとしている点である。数学は計算しない。抽象的な概念の創造と、その概念世界に隠された秘密の関係性の発見、その関係性についての証明の繰り返し。実はとってもクリエイティブな世界だ。なぜなら、数学者の業績のひとつは、未解決問題の証明。なぜ未解決かといえば、これまで知られたアプローチで証明できないからである。それを証明するには、全く新しいアプローチを生み出さなければならない。
数学は計算しないし、抽象概念の創造と研究なので、データサイエンスとは少し違う。計算するという行為は、常に特定の場合についての計算であって普遍的なことを論証しているわけではない。
それでもデータサイエンスではコンピュータの発達によって人間業ではとてもできないような多くのケースの計算をすることを通じて、人間業では見いだし得ないような共通パターンを見つけ出し、これから起きる未来を予想する。数学とは異なるフロンティアを切り拓いている。
データサイエンスは、数学と違って、誰もAR=1、Accuracy=100%、Precision=100%、Recall=100%となるモデルなど期待しているわけではない。ꓯという記号(「任意の」という意味)も、ꓱという記号(「任意の」の反対で、ある条件を満たすものが存在するという意味)も出てこない。実利的に「大抵の場合」と見なせるケースにおいて意思決定をするうえで有益な示唆が得られるということこそが、価値だということだ。
しかし、モデルの精度を向上していく課程で繰り返されるのは、新しいデータの創造であったり、新しいモデル概念の創造であったり、創意工夫である。クリエイティビティが鍵を握る。
数学とデータサイエンスには根本的な違いはあるものの、データサイエンスにおいて数学出身者が活躍するケースは多い。データサイエンスの基礎が数学にあるということだろうし、クリエイティビティが求められるからでもあろう。
私自身は数学出身者ではあるが、データストラテジスト(データをもとに戦略立案する人)とは言えてもデータサインティスト(コードを書いてモデルを構築する人)では残念なことにない。ただ、当社の5年足らずの社歴の中でも印象に残る数学出身者が複数いるのも事実である。「数学出身者って世間知らずで、社会に出てから苦労しますよね」と互いに自嘲しあいながら、クライアントの課題に向き合った。
そのうちの一人が言った言葉は今でも忘れられない。彼は、当社のインターンだったのだが、「いつか数学出身者がビジネスの世界で活躍できる会社をつくろうと思っていた。でも、ここにあったんですね」と。
そう、そのつもりで私はルートエフ・データムという会社を興してみた。
数学出身者で社会に出て、どこか報われない気持ちでいるのなら、あるいは、もっと活躍できるはずと思っているのなら、ぜひ門戸を叩いてほしい。
もちろん数学出身者である必要もなく、自然科学、エンジニアリング、経済や経営などの社会科学出身であっても、考えることが好き、自分のクリエイティビティに賭けてみたい、というのなら、そうした方々の話を聞いてみたいと思っている。
ただし、クライアントがあってのプロフェッショナル・サービスであるので、クライアントに向き合う気持ちが大前提ではあるが。それと、勉強するつもりで来られては困る。報酬を得るのだから貢献することが当然の責務である。勉強したいのなら、授業料を払え、と言いたくなる。
また、吉田大学の方もぜひコンタクトを。以前、情報学出身者がメンバーだったが、吉田大学出身者は現在いない。もちろん、吉田大学でない大学もWelcomeである。多様性こそが、この会社の特徴でもあり、クリエイティビティを生み出す生命線でもあるからだ。