ノーベル物理学賞と地球科学

2021年のノーベル物理学賞は真鍋叔郎氏が受賞した。

今回の受賞で画期的だったのは「地球科学」が対象になった事だ。自分が地球科学の世界に身を置いていた時、地球科学の研究世界では、「ノーベル賞に地球科学の分野があったら、〇〇さんは絶対受賞するのにな~」なんて話が結構されていて、地球科学という分野からノーベル賞受賞者がでるなんて全く想像してなかった。

今回受賞対象になった「大気・海洋結合モデル」は自分が研究していた当時の花形研究テーマの一つで、自分も研究対象としたいと思っていたが、計算機環境は今よりかなり厳しい時代(現在でも「地球シミュレータ」ほどではなくとも、研究所レベルの計算機環境が必要)であり、2,3ヶ所の研究所ではないとできないプロジェクトであったため、関わる事が敵わなかった。現在は当時よりも更に大規模なプロジェクトになり、プログラム自体も計算資源に関しても個人レベルではできるものではなくなっているようだ。

兎に角、自分が研究していた分野からノーベル賞が出た事は喜ばしい事だし、これを機にマイナーな地球科学がメジャーになるきっかけになって欲しいと思う。しかし、この受賞の前に偶然地球科学に関する書籍を探していたのだが、近年出版された専門書は殆ど無く、流通している多くの書籍は自分も持っているものであった。また、この様な受賞があれば大手書店では関連書籍を集めたコーナーができるところなのだが、(真鍋氏の書籍がないこともあるが)紹介すべき書籍自体がないので何も行われていないのは、この分野の衰退を示すようで非常に悲しかった。また、ネットの書き込みでは、この研究と地理の気候学と区別がついてない人が存在し、なんで文系の研究が物理学賞なのだというとんでもない勘違いを堂々と書き込んでいる人がいることに、日本の科学の衰退を実感した(大気・海洋結合モデルは、物理と数値計算法及びコンピュータサイエンスの塊です。これぞシミュレーションの代表という研究です)。

大気海洋結合モデルは、一般的にこれらはGCM(元々はGeneral Circulation Modelであるが、Global Climate Modelでも良い)と言われている。大気や海洋の3次元的な運動や熱力学を物理法則に沿って計算される気候モデルであり、当たり前だが実際に実験をすることができない気候システムの仮説検証をするために研究されてきた。これらは大気大循環モデルと海洋大循環モデルで構成されている。

大気大循環モデルは、地球を覆う大気の大循環や水の相変化を表現し、気温や降水量、天気などの地理的分布や時間変動を再現することを目指すモデルである。大気の水平、鉛直の運動量の時間発展方程式、気温の時間発展を表す熱力学第一法則(同上)、空気が移動、圧縮、膨張しても生成消滅しないことを表す連続方程式、水蒸気についても同様の連続式と、気圧、気温と大気の密度の関係を表現した状態方程式という偏微分方程式の塊を同時に解かないといけないという、考えただけで嫌になってしまうような代物だ。

海洋大循環モデルも大気大循環モデルと同様、物理法則により基づいた大循環モデルが計算される。現在はより現実の地球をシミュレートできるようにするため、大気+海洋+陸面+海氷+大気中のエアロゾル+海洋陸面の生態系も加えた気候モデルも開発されるようになってきている。

GCMの主な目的としては

  • 気候システムの仕組みを理解する:物理プロセスや外部入力を無くしたり、制限したり、強くしたりして、システムの反応を調べる
  • 過去の気候状態を再現:過去の気候変動の仕組みや原因を理解する
  • 地球気候変動:数十年から数世紀にわたる将来の気候を予測するためのシミュレーション

がある。

これらの情報から、一般的に利用が考えられるのが「天気予報」と「温暖化予測」になると思う。天気予報に関しては、より高い精度を求めるためにデータ同化等、純粋なシミュレーションモデルと異なる工夫をしている。そこで、シミュレーションモデルと言えば温暖化予測となるが、天気予報と同じ精度があるかというと、色々問題が生じる。

そもそもGCMは上記で述べたように現象を定性的に判断するためのものであり、定量的に判断するためのものではない。つまり、GCMとは気候システムの仕組みを理解するために研究目的に合わせてどれだけ現象を適切に再現できるかを目的にしたモデルであり、森羅万象を完璧に正確に再現するものではないという事なのである。

また、気象は決定論的カオス状態にあり(そもそも「カオス」を世に知らしめたのは気象学者ローレンツであり、それはたった3つのパラメータだけで行った気象のシミュレーションの結果なのである)、何十年という将来を予測できるようなモデルが開発できるかはなはだ疑問なのである。現状、方程式化できないところはパラメタリゼーションを行なっているし、パラメータを(解が収束するように等)ある程度恣意的に調整したりなどしている。

更に短期的な気候反応の不確実性と、⾃然の内部変動性の⼤きなモードの影響の仕組みは明確に分かっていない。このため、人為起源のような外部から強制された気候変動と様々な周期で訪れる温暖化や寒冷化などの⾃然の内部変動とを、きれいに仕分けするのは不可能であり、シミュレーションや観測結果から、上昇した気温の内訳が、「人為起源が何度」、「自然起源に由来する気温は何度」という事を分けて考える事が不可能なのである。

この様にノーベル賞を受賞したGCMですら地球というシステムを理解するのにはまだ不完全な(しかし有用な)ものなのである。GCMの特徴と限界を理解しないでIPCCの大本営発表を盲目的に信じる事は危険な行為だと自分は思う。世の中でIPCCに批判的な研究者の大部分は温暖化を否定している訳ではない。この様なGCMが含む問題点からシミュレーションの結果を正しい値としてゴリ押ししている事が問題だと指摘しているのだ。温暖化の原因が人為起源1:自然起源9と人為起源9:自然起源1では対策が全く異なるであろう。科学的に正しい結果に基づいて対策を取らなければ、30年間、40年間の努力が水泡に帰すことがありうる。

今回のノーベル物理学賞受賞を機に、数値計算というものの存在とともに、温暖化問題を科学的に捉える時代が来て欲しいと思う次第である。

 

【参考資料】
      • 木本昌秀, 気候モデル出力の利用促進に向けて
      • ジュディス・カリー,だれにでもわかる気候モデルの問題点
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